2016年3月16日水曜日

3月16日から、モーニングメイド喫茶「パピロン」営業中。

今年もやります、モーニングメイド喫茶。


不思議のくにの片隅で 営業中の喫茶earthをお借りして
6日間だけの 特別な 幻のモーニングメイドカフェ

遠くはるかな西の彼方 異国のまちの名だという
「Papyron パピロン」と申すこのカフェは
黒いメイドと白いメイドがお使えし
コーヒー、紅茶、卵料理付きモーニング、この時のための特別な芸  
などのメニューで ご主人様のお帰りをお待ちしております

2016年
3月16日(水)、3月18日(金)、
3月23日(水)、3月25日(金)、3月26日(土)、
営業時間 9:00から14:00くらい(モーニング売り切れまで)
















26日13:00〜 メイドTEA PARTYでお茶を点てます

3月27日(日) 13:00〜メイドライぷ。この日、メイド業はストライキ。
まずは、猫人間のメイドが結成した「パピロンズ」が登場します。

14:30〜 釜のおっちゃんバンド、釜凹バンドが登場。
16:00ごろ〜 自由参加のオープンマイクを行います。ひとり持ち時間5分くらい。音楽、こどば、演説など、お好きなジャンルでご参加いただけます。

メイド、執事とも募集中です

あなたがメイド喫茶でやりたい芸をお伝えください。お値段をつけて、メニューに掲載します。服装自由。委細面談にて。

現在、モーニングメニュー、メイドTEA PARTY、落語ピン芸などがメニューにあります。なにかやりたいけど、特に芸はない。。どんなことができるか、相談したい、などでもお気軽にお声がけください。
応募希望の方は kotegawanozomi@gmail.com までメールをお送りいただくか、
コメント欄にお書きください。

メイド1 こてがわ:猫人間型ロボット。猫4匹こども一人と釜ヶ崎の片隅に生息中。昨年からメイド喫茶を企画。
メイド2  きえろう:猫人姫形機械made in stonecut(石切)
     ミルキーウェイ国のお姫さまモード設定のロボット。料理や手芸、古典芸能に興味がある。
メイド3 つづら:ふだんは落語をしている。ピン芸やります
メイド4 るるる♬ふじたま:横浜から登場の親子メイド。ご主人様のためにハッピーバースデーを歌います。

会場:喫茶earth 大阪市西成区太子1丁目3−26
大阪市営地下鉄動物園前駅4番出口、JR環状線新今宮駅東口そば
お問い合わせ:問い合わせ:080-5088-8602、kotegawanozomi@gmail.com

FACEBOOKPAGE: https://www.facebook.com/maidcafepapyron/

2016年3月11日金曜日

3月12日、「死と瞑想」シンポジウム開催

ハレトケの会「死と瞑想」シンポジウム

2016年3月12日土曜日 13時〜

会場:太子会館老人憩の家
JR環状線新今宮駅東口、地下鉄動物園前駅4番出口から徒歩約5分(大阪市西成区太子1-8-12)

参加費:無料・カンパ歓迎、17時からのお食事代:300円

プログラム:

第1部
オープニング 死後の世界に想いをはせる 「あの世について歌って踊ろう」

○お話を聞く
「ハレトケの会」より実践報告 小手川望(フェルデンクライスメソッド講師)、茶谷祐三子(瞑想講師)
 紙芝居劇むすびさんの活動紹介  マネージャー、石橋友美さん
 川浪剛僧侶の活動紹介

○紙芝居劇むすび公演

第2部 
○オープンマイク 死について、そして生きることについて、参加者全員で自由にお話しましょう

○OSHOの講話を聞きます

第3部
○瞑想会 短いバージョンの瞑想して、そのあと感想をわかちあいます

番外編  お時間のある方は、一緒にお話の続きをしながらお食事会にご参加ください。



 釜ヶ崎で2013年からスタートした「瞑想とフェルデンクライスの会」では、からだとこころのこえに耳を傾けるじかんを重ねてきました。

ことしから、瞑想の後に「死」についての本を輪読し始めました。いつか死ぬこと、生きるうえでの痛み、怒りの感情などについてはなしています。3年間の実践報告と、釜ヶ崎で活動されている紙芝居劇むすびさん、川浪僧侶をお迎えし、「死」をキーワードに三者全員で語り合い、よりよく生きていくヒントを見つけます。

歌や踊り、瞑想付き。お話のあとには、一緒にお食事もしましょう。



主催:ハレトケの会(花の宮祐三子、小手川望) 
助成: 大阪市ボランティア活動振興基金

問い合わせ:080-5088-8602、kotegawanozomi☆ gmail.com ☆→@

2016年3月8日火曜日

アートってなんだ・・・

アートの力で街を活性化とか、住人が元気に、とか。

そんなはなしをきいて、そういうみかたもあるのか、と思う。

できたらアートなんて身のうちに近づけないほうが、懸命ですぜ、旦那。
時に劇薬として働きすぎる時がありますからね。

表現にしてもアートにしても、止むに止まれずやるもので、
そのやむにやまれなさからこぼれ落ちたものの美しさに
打ちのめされたりはしますけど、諸刃の刃みたいなものですよねえ。

そんなに持ち上げたりするものじゃないのでは、と思ってしまうのです。